はじめに

はじめまして、というか、お久しぶりですというか。transniperです。
とりあえずここに到達されたみなさま、本日もお疲れ様です。

2006年くらいからtransniperと名乗っていまして。もう変えることのできない、本名と同じくらいアイデンティティとなっている自分のウェブIDです。翻訳者として駆け出しで、なんでこんなに自分は仕事ができないのかと毎日毎日格闘してたんだけど、時代はTwitterがSNSの走りとして世に出始めた頃で。そしてフリーランスになって2、3年した2012年、transniperで独自ドメインを取り、「Don’t think, just let it flow.」というタイトルで書き始めました。鋭い方はわかってるかもですが、そう、The Chemical Brothersの曲からなんですよ、これ。

書き始めた頃のコンセプトはもうどうしようもないもので、ただひたすら書きたいものを書く、ひたすら自分の中に「流れる」ものを、カテゴリとか限定せずに何でも書く!というものでした。タイトル通りですね、「考えるな、ゆだねろ」みたいな。当時はブログがポピュラーな時代。ブログサービスがとても元気で、とりあえず主張したいやつはみんなブログを書け!主張することがなくても書け!みたいな時代でした。あまりにもお粗末なコンセプトだったけど、書くこと自体は楽しく、いわゆるプチバズった記事もちょいちょいあったし。

それから10年以上経って。その間にいろいろあって。COVID-19があって。どんどん変わっていって。時の流れが速くなって。ウクライナ戦争はまだ続いていて。ガザもずっと。トランプが二回当選して。AIがいろいろ破壊して。AIで人類は滅びる、というナラティブがバズって。そんな周りをちらちらうかがいながら、自分は自分で情報であふれかえる海を泳ぎ続けて、自分の生活を必死に続けていて。二回、引っ越しして。

そして次第に、ここから離れてしまい、書かなくなっていきました。なぜ書かなくなったのかはまだよくわからない。忙しかったのか、疲れたのか、取捨選択するだけで精一杯だったのか。一ヶ月に一回、三ヶ月に一回、そして一年に一回、投稿数がどんどん減っていった。まあどうでも良いんですよ、こんなブログ。誰かに読んでもらおうと思って書いていたわけではないし、そこまで何かを世に訴えたかったわけでももちろんないし、なんかTwitterよりちょっと長文書きたくなったときに気まぐれで更新するようなどうでも良いブログでしたし。

じゃあ何でまた再開したのか。しかもタイトルまで変えて。

大きな理由の一つは、生成AIじゃないかと思ってます。まだ考えをあまり整理できてないんですが。ろくでもない理由だっていうのだけは光ってます。まあでも生成AIがここまで普及して、もはやインフラになりつつある昨今。ちょっとプロンプト入れれば、それらしい表現ですらすらドキュメントでも何でも作ってくれてしまうようになり、それが音楽や画像、動画にまで広がり。気がつけばもう世の中は、生成AIが生成した画像や動画、テキストにまみれてしまっていて。一昔前だったら「嘘だろ?」と思うような画像を、もう誰でも生み出せるようになっています。そしてAIはもう人間を超え、人はAIに置き換わり、翻訳者やライターとか士業などはもうAIに取って代わられるかわいそうな職業の人達で。そしてそのうちAI同士でよろしくやって、シンギュラリティにちょいちょいっと到達し、ぶっとんだものが爆誕して、その結果人類は滅んでしまう。もうそういう世界になってしまったんですよ。

でも、おれは生きている。一応。生成AIが闊歩する世の中でも、まあ取り急ぎ、生きている。ということは、やっぱりこのまま生きていく必要があるということだ。そして、何か表現したほうが良いということだ、自分の言葉で。変に寄り添った可もなく不可もないような、平均的でどっかで見たような言葉の羅列ではなく。自分の言葉で。

と、ぼんやり思ったのが結局一番の動機なんだろうと思います。要するに、生成AIに魂を売り渡したくねえんだ、おれは。という。とか言ってまあ使ってるんですけどね、日々。使い倒してるんですけども。ただ、魂を売るような使い方はしたくないという。そして何より、自分の持っているもの、感じたこと、熱さ、暑さ、思い、考え、視点を、生成AIというフィルターを通すことなく表現したい、ということなんだと思っています。ただ、それだけ。読者やオーディエンスがいるかいないかは関係ない。ただひたすら、生成AIに魂を売りたくない。そう、妄信的生成AI利用へのアンチテーゼ、です。けどまあ、人並み未満です。

でも、ブログを始めた頃の勢いだけで書いていくあのスピード感も忘れがたいんだよな、と。なんか懐かしい。あの「あ、書こう」と思って、下書きも何もせずにただひたすらキーボードを打ち、一気に書き上げるあの気持ちは、なかなか良いものなので忘れたくない。The Chemical BrothersのSaturateが真っ白な頭の中で鳴り響いているのと同じ感じを、忘れたくない。

だったら、そういう場所も作れば良いじゃん、最近はそういうことがしやすくなってるじゃんねってことで、「Don’t think, just let it flow.」を、noteで立ち上げました。そこでは、もうjust let it flowで、流れるままに。ゆだねて。旧ブログのタイトルとコンセプトをそのまま引き継いでいます。旧サイトから選んだ18本は、note内のマガジンに上げています。

じゃあこのブログはどういう扱いになるんだ?と。

ここは、日々流れていくものから自分の目にとまったものを掴み、拾い上げ、眺め、とっておき、場合によってはまた流し、でもこれは面白いと自分に引っかかった視点やら考えやら読んだ本やらをあとから参照できるように置いておく場所、です。自分のオウンドメディアにしようかと。オウンドメディア。なんかあまり使いたくない言葉だけど。けど、transniperを名乗って20年、このブログを作り直すというか、リニューアルというか、新たにリボーンというか、しようと。

コンセプトとしては、流さないものを、流れの中から持ってくる、要するに「流れを、読む。」なので、それがそのままタイトルとなりました。

で、ここでは、以下の3つのカテゴリで書く予定です。

Translating: これまで従事してきた自分の愛すべき仕事である翻訳とその世界について。翻訳の持つ可能性、翻訳って単なる言語間のブリッジではなく、抽象的なものを具体的に説明したり、理解しづらいことを相手に伝わるように伝えるというのも含まれているはずで、なんかそういうようなことを書くカテゴリ。コミュニケーション、みたいなこととか。いわゆる何語から何語へ翻訳する、ということを超えて。

Reading: 自分のライフワークである(と言い切れるか怪しいが)読書について。翻訳者の視点も併せながら、読んだ本について書くカテゴリ。

Thinking: 仕事や時代について、翻訳を切り口にできるときはして。まあそんなだいそれたことを宣言しても無意味だけど、あるトピックについて「自分はこう考えた」「自分はこう見る」「自分から見た世界はこう映った」「世界はこう見えたりしないか?」みたいなことを書くカテゴリ。世界は世界は、ってなっちゃったけど、それこそそんなだいそれたことは書けないが。

まあカテゴリを3つ決めたけど、この通りに書くかどうかわからないし、複数カテゴリにまたがるかもしれないし、いろいろリレイションさせながら書いていくかもしれない。

とにかくロックでアンチテーゼ的オウンドメディア、という形で書こうと思います。そしてここに書いたものがいつか、一冊の本になったりしたらすごい楽しいかも。本になったら、楽しいな、マジで。

本か。思い出した。駆け出しの頃に突然任された、一冊の書籍翻訳。名乗れなかった仕事。その頃のことも書いてみようかと思っています。

もしこのブログを読んで、連絡取ってみたいと思われた稀有な方がいらっしゃいましたら、こちらのサイト(globaltranslab.com、近日公開予定なのでその間はコメントでどうぞ)までお願いいたします。

では、引き続き。

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